話題の佐藤俊一郎(元バレーボールの日本代表)。盛り上がりが絶頂期のバレーボールの日本代表にもミドルブロッカーとして選ばれ、持ち前の205㎝の身長、プレースタイルでチームを支えた人物です。
私自身、バレーボールを見ることが好きなたため、何度も応援した選手。バレーボール人生はどの様なものであったのか、過去の経歴を含めて紹介していきます。
順風満帆であったはずの彼のバレーボール人生、振り返っていきましょう。

佐藤俊一郎のバレーボール人生を振り返る
宮城県、仙台市が出身地。バレーボールとの出会いは中学生であり、それまではバトミントン部に所属していた。スカウトをきっかけにバレーボールを始めていきます。
その時の身長で、なんと195㎝だったそう。中学生でその身長、驚きですね。
発揮した才能
高校は、東北高等学校に進学。その当時から、身長は204㎝ありました。
高校2年生でU19日本代表に選出されます。そして、アジアユース選手権に出場し優勝へと導きました。その大会では、ミドルブロッカー賞を受賞。その才能が発揮されだします。
その年の6月、U21日本代表にも選ばれ、世界ジュニア選手権に出場。8月には、U19の日本代表として世界ユース選手権に出場しました。
高校3年生では、日本代表登録メンバーに選出。6月にU20の日本代表として、アジアジュニア選手権に出場しました。
初めて数年で日本代表に、、才能が垣間見えます。
身長高いこともそうですが、その当時からミドルブロッカーとしての技術、戦術が非常にうまかったのでしょう。
ミドルブロッカーとは、相手の攻撃を止める役割を果たすことが求められます。佐藤俊一郎は、持ち前の身長で、ブロックだけでなクイックといった攻撃にも参加でき、攻守のバランスの取れた選手でした。
その後の経歴
大学は、名門の東海大学に進学し、U23アジア選手権に出場。
大学卒業後は、ジェイテクトSTINDS(Vリーグ)に入団します。
翌年、ジェイテクトを退団し、フィンランドのフリカーニ・ロイマーに入団し、海外クラブを経験。そのまた翌年に、ウルフドッグス名古屋に入団します。
海外にも挑戦し、高身長の海外選手を相手にブロック技術をさらに磨きました。
現状に満足せず、海外に挑戦する姿はかっこよかったのを覚えています。
佐藤俊一郎のバレーボールの強み
- 圧倒的な高さ
- 身長205cm、スパイク到達点352cmという恵まれた体格を持っています。
- ミドルブロッカーとして世界レベルの高さに対応でき、日本代表でも貴重な存在と評価されていました。
- ブロック能力
- 最大の武器の一つがブロックです。
- 高い到達点だけでなく、相手アタッカーのコースを読む力や横移動の速さもあり、海外の大型スパイカー相手にも対抗できると評価されていました。
- クイック攻撃の決定力
- ミドルブロッカーとしての速いクイック攻撃が得意です。
- 日本代表戦でも「スパイクは自分の得意な部分」と語っており、短いトスを素早く打ち切る能力が高く評価されています。
- 国際経験と成長力
- 高校時代からU19・U21日本代表、さらに高校生でシニア日本代表に選出されるなど、早くから国際舞台を経験しています。
- フィンランドリーグでのプレー経験もあり、高さのある海外選手との対戦を通じてブロックや攻撃の技術を磨いていました。

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